いつもこころにコロコロを


by keirinyuko
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ご報告できること②

 訪れた避難所となっている小学校は地震発生直後は600人ほどの人がいくつかの教室にわかれて1カ月ほど生活されていたそうです。
(しばらくは1階ほどまであった水が引かなかったそうです)
それぞれに新しい住居を探した人、仮設住宅へ移った人、親戚などを頼って移住した人、1階部分が骨組みだけになっているけどその2階で生活されている人など、実際に体育館で今も生活されている方は90名ほどでした。

 仮設住宅の抽選待ちの人、家の修理待ちの人、全く先の見えない人。

 口々に言われていたのは「お金」の心配でした。
ちょうど話題になっている全国の義援金が分配しきれていないということもありましたが、石巻市ではその第一次分配金すら配られていない状況だそうです。家も車も職も失い、なかには身内がいまだ行方不明だったりする中で、避難所を出る一歩が踏み出せないようです。避難所を出るイコールが即、自立した生活を送らなければいけない状況らしく、当たり前ですが食費であったり家賃であったり光熱費であったりの心配、不安を考えるとなかなか抜け出せれないということだそうです。自分が行った避難所ではそんなことはありませんでしたが、ある地域では避難所を出た時点で、食料の配給は一切受けられないということもあるようです。

街は確実に復興へ向かっていることを感じました。
土建屋、がれきを集める人、各方面で活躍するボランティア。
その人たちであふれかえってました。
道もある程度整備され、石巻市だけでいえば大部分でライフラインが復旧しつつあるようです。

mixiなどのコミュニティーなんかでは現地からピンポイントで必要物資の要請をしているところもあります。
(実際にそういったところからうちわが届けられたり、扇風機が送られてきたり)
現地で活動するためにボランティア団体やNPOへ支援金を送ることもできるそうです。
(正しく運用されているかは品定めが難しいところですが)
もちろん、まだまだ各所でチャリティーや義援金を募っているところもあります。

それでも、まだまだ。
国会の先生方がなにやら終わりのない討論をされている今もなお、そこには「被災者」のかたがいて、夏が来て冬が来て、春が来て…。

もう元通りにはならないかもしれない。
以前にあったような日常は取り戻せないかもしれない。


「それでもこの街に住むんですか?」

と、ちょっと勇気を出して質問。

「不思議よね。ここを離れることだけは考えてないのよね」

と、旦那様を亡くされた方がちょっとさびしそうな笑顔でお答えくださりました。

そこを旅立つ人、そこにとどまる人、新しく踏み出す人、踏み出せない人、希望を見出す人、希望を見出せない人、やる気な人、無気力な人、

正直、家に帰ってきて仕事に行き、日常に戻ってきたんですけど、今でも夢に見たり、頭から離れない光景や話があったり、突然ガラにもなく涙が出てきたり自分自身もなんだかよくわからなくなってきたりしている中でこれを書いていたりするんですけど、書ききれないことや書けないような話もあったりするんですけど…

ただただとにかくそれぞれの人がそれぞれに次へ進めるお手伝いを、
そして震災以降の生活を、日常を取り戻してもらえるよう引き続き支援をという気持ちでいっぱいです。

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by keirinyuko | 2011-06-08 23:22 | ファミリー | Comments(0)