いつもこころにコロコロを


by keirinyuko
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ご報告できること

県の介護派遣の要請を受けて、宮城県石巻市へ行かせてもらいました。
たかだか1週間(実際にお手伝いしたのは5日間)の滞在だったので、全てを知ることもできず、それなりに忙しくもさせてもらえたのであくまで身近な所で感じたことをご報告させてもらえればと思います。

津波に流された街を写真に残す気にはならなかったんです、最初は。
(相方は、会社に報告せねばと必死に撮りまくってましたが…)
すでに皆さんが色々な所でその状況を目にすることはできたし、実際に目の当たりにする光景と映像や画像とでは比べものにならないなと。無意味だな、これはここに来た人にしかわからないかもな、と思いました。
が、時間が経つにつれ「被災地」を目の当たりにすることができたものとして、少しでも周りの人たちに伝えること、伝わるもの、伝えなきゃいけないこと。それが何なのか今もはっきりとはしていませんが、そのためには
と思い動画だけは残してきました。
実際に、どこか遠くに感じていた地震のことを娘ちゃんたちはより身近に感じてもらたように思えます。

宿泊していた宿には、各地から土建屋のお兄さんたちが集結し、街ではビブをつけたボランティアたちが忙しく走り回り、道は朝・晩ともに大渋滞。
でも、海側に向かう道路はいまだ信号が機能しておらず、県外の警察官が誘導していました。
石巻市周辺は海側の被害はもちろん、街中に入っても家の倒壊や津波の被害が見られています。ある一方の集落は家が残っているのに、もう一方はまったくのガレキ、という場所がよく見受けられます。高台の場所はもちろん助かる可能性が高いのですが、わりと大きめの川が途中で決壊したためその周辺は津波の影響を受けたということもあるようです。また、流された船が橋にぶつかり、水の流れが変わりその影響で被害が拡大したところと、被害を防げたところなどもあるようです。

 
この映像。
街から海側の工場地帯に入ってすぐくらいのものです。
すぐ手前ではコンビニがすでに営業を再開してましたが、一歩道を進めるとこの状態。
それぞれに原因、理由はあると思うのですが、確かに生死の分かれ目みたいなものはあちらこちらに感じることができました。


宮城県牡鹿郡女川町
被害が大きかった地域のひとつです。
かろうじて残っている鉄骨の建物はまんま横向きに倒れていたり、4階建のビルの上に車が乗っていたりしてました。この2カ月でなんとか砂利道を通すことができたそうです。


撮影しているのは高台にある病院の駐車場。
手前の柵が真新しいのですが、この高さまで津波は押し寄せたそうです。

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by keirinyuko | 2011-06-07 10:52 | ファミリー | Comments(0)